【実に恐ろしきは11】



 大川道場はその日も活気に溢れていた。
 道場からは門人たちの元気なかけ声とともに、数馬の激しい気合いの声が漏れ聞こえてくる。数馬のつける稽古は非常に厳しいと評判で、他道場からの見学や偵察が絶えないのだった。
 夕方になる頃には疲れ果てた門人たちが示し合わせたように向かいの茶屋に駆け込むのが習慣になっているのだが、どうも最近は様子が違った。門人たちは手早く帰り支度を済ませると、いそいそと帰途につくのである。

「真木、聞いたか?春日道場のこと」
 稽古が終わって汗をぬぐう数馬の元に、一人の門人が近寄ってきた。数馬と同時期に入門した古参の森脇という青年である。腕はたつが、未だに数馬から一本も取れないため、師範代の座を逃してしまった男だが、生来の穏やかな性格で門弟たちから慕われ、大川道場を陰から支える人物として注目されている。また、師範代の数馬と対等に話せる数少ない門人の一人でもあった。
「何の話だ?」
「春日道場になかなかの腕前の新人が入門したそうだぞ」
 春日道場とは、通りを二、三本挟んだところにある剣術道場である。大川道場とは流派こそ違うものの試合の場を持つなどして交流をはかってきた。
「ほう。名前はなんて言うんだ?」
「狭川とかいう男だそうだ。御家人の跡取りでありながら、剣の腕に物を言わせて、日頃から相当な無茶をしていると巷では有名な奴だ」
「やってることはそのへんのゴロツキと変わらねぇじゃねぇか。あの春日の爺様がよく入門を許したな」
「春日道場も入門者が減ってきていたからな。あの厳格な春日翁もさすがに現実には逆らえなかったとみえる」

 数馬は、胸元に浮かんでいた汗を拭ってから道着の袷を元に戻した。その手ぬぐいを頭に無造作に置いたところ、森脇が「汚ないぞ」と苦笑いした。
「……最近皆の様子がおかしいだろう?その狭川という男はあちこちの道場を突然訪れては目にとまった者に試合を申し込み、凄まじい剣技でもって打ちのめすというので、皆縮みあがっている。まったく情けない話だ」
「まるで道場破りだな……。で、お前はその情けない門弟たちを指導している俺に文句をたれに来たってのか?」
 気持ちはわかるが勘弁してくれ、と肩をすくめて訴えた。不満があるなら自分で稽古をつけてくれと言ってやりたかった。
「それもあるがな。真木、お前も充分注意しろ。師範は相手から挑まれた立ち合いは禁止しないとおっしゃったらしいが、相手は相当の使い手。どうせ挑まれるのはお前だろう。油断しないことだ」
「わかった、肝に銘じておく」
 森脇は無言で頷いたあと、道場の掃除をすると言い残して奥へ消えた。



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